「洋画で学習を始めたけど、さっぱり聴き取れない」「英語字幕を確認しても、そう言っている様に聴こえない」「洋画で英語の学習をしたいけど、レベルが高そうで躊躇してしまう」
こんな悩みを抱えた方も多いのではないでしょうか。
私も昔「ユーガットメール」という映画で英語を学習しようとして、始めの20分で挫折した経験があります。映画の英語は非常に難易度が高いです。それでも、自分の好きな洋画であればストーリーも頭に入っているので、聴き取りが完璧でなくても、何を言っているかは想像がつきます。映画学習は「好き」を「学び」につなげる、ある意味で究極の学習法です。
さて、洋画を使った学習に際して今回紹介するのが、「ボトムアップ式 映画英語のリスニング」という本です。オリジナルの音声映画で、音の変化について学べる本です。映画英語の導入として、有名な書籍だけあって大きな期待と共に購入しました。基本的には良い書籍なのですが、がっかりした部分も多かったので、この度、書籍レビューとしてまとめてみました。本書籍を購入されようとしている方は、是非最後までご覧いただき、良い点/悪い点を把握した上で、購入を決定されることをオススメします。
それでは早速、見ていきましょう。
Contents
本書のコンセプト
以下本書の「はじめに」からの引用です。
本書では、私が20年継続している「映画英語のリスニング」の授業で大きな成果を上げたボトムアップ式に立って、ハイテンポな会話に多く含まれる変化音を理解し、映画英語のスピードや、なめらかな音のつながりに慣れていくことができるよう、最大限の工夫を行いました。ハリウッド仕込みの本格的なドラマを素材としての学習ですので、繰り返しのリスニングも苦にならず、変化音の理解も楽しみながら、効果的に進めていくことができると思います。
要するに「オリジナルのドラマ(=ミニ映画)を題材に、映画の会話で起こるような音の変化について学んでいきましょう」ということですね。
このコンセプト自体は、素晴らしいと思います。ネイティブが自然な速度で話す際に起こる音の変化について、体系的に解説した書籍はそもそも少ないですし、それをストーリーの中で学べるのであれば、非常に効率的です。私が本書を購入したのも、このコンセプトが気に入ったからです。
映画を使った本格的な英語学習を始める前の、導入教材としての位置付けが強い参考書ですので、ある程度の英語力を有している事が前提条件になります。少なくとも発音記号を理解できる必要がありますし、基本的な英語力としてもTOEIC700くらいあった方がスムーズに学習できると思います。
良い点
さて、まずは本書の良い点を挙げていきたいと思います。
ドラマの臨場感
まず俳優さんが魅力的です。ストーリー自体は刑事物語ですが、例えば刑事である主人公は、いかにも切れ者でタフな刑事と言った感じのカッコいい声で、惹かれます。また、刑事に情報を提供する「たれこみ屋」が登場するのですが、こちらはいかにも裏の世界に生きるならず者といった感じの声質で、ストーリーの雰囲気を盛り上げます。上記に限らず、適材適所に配役されたプロの俳優さんが、感情を込めてストーリーを読み上げるので、非常に迫力があるのです。
ドラマの雰囲気作りは俳優さんだけではありません。場面場面に、効果的な背景音と効果音が導入されており、これがストーリーに強い臨場感を与えています。危険に乗り込む場面、襲撃される場面、真実に迫るシーンの外部音は、まさに映画さながらです。
会話にはスラングもちょくちょく混ざっており、「生きた英語に触れたい」という欲求を満たしてくれます。先の「たれこみ屋」の英語は、独特な話し方とスラングも相まって、初めて聞いたとき、私はほとんど聴き取れませんでした。この辺は良くも悪くもリアル感があります。
語句の詳しい説明
本文に関連する単語・フレーズの説明が日本語訳とは別に記載があり、理解の助けになります。基礎単語を除いて、発音記号の記載もあり、辞書を引く手間が省けるのも嬉しいところです。
フレーズに関しては、単純な意味だけではなく、ニュアンスを説明しているモノも多く、一歩踏み込んだ理解ができるように工夫されています。スラングも必ず説明が入っているので、知らない内に汚いスラングを覚えてしまっていた、という心配もありません。
音の変化の解説
本書の醍醐味です。音の変化、つながり、消失、強弱について、ストーリーの該当部分から引用する形で解説がされています。イメージをつかんでもらうために、少し本書から引用しますね。
What a donut? -Oh, no thanks. I can’t touch them. I’m on a diet.
例えば、上記例文の「them」は「th」は音が消失して聴こえなくなることがある、と解説されています。
I wanted to tell him that he left his radio on.
同様に、「him」「he」「his」の「h」の音も、音は消失しがちになるそうです。
本書では、これらをストーリーからの引用で一旦説明した後、さらに一般化して音の変化の法則を解説してくれます。今回のケースでは、下記のような感じです。
語頭のh, thは弱化する
(中略)h[h], th[ð]は弱化しやすい音で、またこれらの語はもともと弱く発音される機能語であるために、語頭が聞こえなくなることがある。次のように、母音が「あいまい母音」化すると共に、h[h], th[ð]の音も消えている。him [him] → [im] → [əm] her [hər] → [ər] them [ðem] → [em] → [əm] the [ðə] → [ə] here [hiər] → [iər] → [ər] have [hæv] → [həv] → [əv]
上記を見ると「him」と「them」、「her」と「here」は弱化すると、同じ音になってしまうことがわかります。興味深いですよね。
さて、上記はほんの一例ですが、このような英語の「音の変化」が、本書では余すことなく解説されています。ネイティブの発音が聴き取りづらいのは、このような音の変化が、至る所で起こっているからです。CMにある「聞こえないんじゃない! 最初から言ってないんだ!」は結構本質を突いています。
ただ法則を知ったからと言って、すぐに聴き取れるようになる訳ではありません。最終的にはやはり英語をたくさん聴いて、経験的に理解できるようにする必要がありますが、予め「どのような時に、どのような音の変化が起こるか?」を知っている事で、音が聴こえない時に冷静に分析することができるのです。
本書の素晴らしいところは、発音の学習本にありがちな、音の変化を羅列するような形式ではなく、まずストーリーの聴き取りがあり、聴き取れない部分には「このような”法則”があるのだよ」と種明かしをすることで、音の変化を学習させようとしている点です。「聴き取れなかった」=「困った」が先にあるので、解説もすっと頭に入ってきます。
悪い点
ストーリー展開が貧弱
先の「臨場感がある」と相反するように聞こえるかもしれませんが、話自体はどこにでもあるようなありきたりの刑事モノです。「ハリウッド仕込みの本格的なドラマ」と銘を打っていましたが、刑事モノとしてのストーリー展開は貧弱と言わざるを得ません。話の半ばくらいで犯人の目星もついてしまいます。また、「暗号を解いて犯人を特定する」という手法自体は良いのですが、その暗号の内容があまりに陳腐です。コナンの方がよほど良く考えられています。
16分割された1話1話自体は、臨場感があり学習していて「楽しい」とすら思えるのですが、オチを含めたストーリー全体の完成度を考えると、「がっかり」と言わざるを得ません。
もちろん英語学習が目的ですし、枠(文字数)に制限がある中でのストーリー展開に限界があるのは理解するのですが、そうであれば「ハリウッド仕込み」なんて過大な文言を出さなければ良かったと思います。
話が古い
初版が1998年ということで、ストーリーの中にその古さが見え隠れします。フロッピーディスクなんて、今の若い方はその存在すら知らないのではないでしょうか。
「古い」で気になるのは、スラングです。私は特に本書でスラングを覚えよう、なんてつもりがないのであまり気にならないですが、「今流行りのスラング」的な情報を求めている人にはオススメできません。言葉は時代と共に変わっていくものですし、特にスラングは移り変わりが早いので、その点注意が必要です。本書の主旨ではない部分ですが、気になったので記載しておきます。
ストーリーが短い
「音の変化を学習する」という主旨からすれば十分な長さなのかもしれませんが、300語×16話≒5,000語という長さは、ストーリーだけを追っていくと一瞬で終わってしまいます(実際、私はストーリー部分は内容確認も含めて1日で終わってしまいました)。
貧弱なストーリーはこの文字数の少なさが大きな原因となっていると思いますので、読者に満足感を与えるという意味でも、もう少しストーリーのボリュームがあった方が良いと思いました。
最後に
いかがだったでしょうか。
ストーリーが陳腐で古臭い感がある点を除けば、素晴らしい書籍だと思います。逆にこの点が気になる方は、購入を見送った方が良いです。
中級から上級の階段を上るのに、多読・多聴は避けられません。「映画」による英語学習は、その最有力候補の1つに最適です。楽しみながら英語を学習する下地を作るのに、手始めに本書で「音の変化」を学習するのも良いと思いますよ。気になった方は、是非書店で手に取って見て下さいね。
以上お付き合い頂きありがとうございました。